螺旋を描いて…

螺旋 のごとく続く毎日を綴ります

いろはがるた

「き」の思い出…

大阪版の「き」は、 「義理と褌(は欠かされぬ)」です。 義理…。 「義理の娘」とか、血縁関係にない姻族のことも言いますが、 ここでは「世の道理」、あるいは「社会生活上、あるいは立場上、やらなければならないこと」ってことになるでしょう。 褌(ふん…

「さ」の思い出…

大阪版の「さ」は、 「触らぬ神に祟りなし」です。 災いになりそうなことには、最初から首を突っ込まない。 余計なことをしなければ、災禍に見舞われることはない。 そんなたとえになります。 特に、プライベートで顕著ですね。 SNSでは、比較的気軽にコメン…

「あ」の思い出…

大阪版の「あ」は、 「阿呆につける薬はない」です。 それなりの素養がある人には、教えることが出来ます。 教えると、伸びます。 でも、物事の筋道をよく理解しない人に教えるのは、確かに非常に困難です。 そもそも、教えるってことは、物事を相手にわかる…

「て」の思い出…

大阪版の「て」は、 「天道人殺さず」です。 天は慈悲深く、人を見放すことはない、というたとえになります。 確かに、そうですね。 見放すとしたら、自分が自分を見放すんだと思います。 僕もかつて、自分を見放そうとしたことがありました。 まぁ、慈悲を…

「え」の思い出…

大阪版の「え」は、 「閻魔の色事」です。 閻魔大王は、常に威厳と恐怖を持ち合わせています。 そんな閻魔様の、色事の話は似つかわしくない、ってたとえです。 僕も、別の意味で、色事の話は似つかわしくないですね。 「女っ気、全くないから」 僕で“色”だ…

「こ」の思い出…

大阪版の「こ」は、 「志は松の葉」です。 松の葉で包むような小品であっても、心がこもっていれば、立派な贈り物になる、というたとえになります。 私事で恐縮ですが… この前まで、択一問題のカップ戦をやっていました。 優秀者には、賞品を出しています。 …

「ふ」の思い出…

大阪版の「ふ」は、 「武士は食わねど高楊枝」です。 先行した裏ブログでも、扱ってまして。 kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.jp この時は、自分の地位の低さで、逃げた?んですが… 困りましたね… あんまり、我慢ってしないんです。 結構、欲しいものはあ…

「け」の思い出…

大阪版の「け」は、 「下戸の建てた蔵はない」です。 ご存知、下戸は酒が飲めない人です。 下戸の人は酒代が要らないので、さぞかしお金が貯まるように思えます。 でも、実態はそうでもないようで。 結局、趣味や道楽にお金をつぎ込み、蔵は建たない、という…

「ま」の思い出…

大阪版の「ま」は、 「待てば甘露の日和あり」です。 「甘露」には、いろんな意味がありまして。 ・中国で、仁政を敷くと降るという、甘い露 ・不死の酒(仏教の悟り) ・上等な煎茶 ・甘い酒や甘い水 ・夏、楓などが降らすという、甘い樹液の露 どちらにし…

「や」の思い出…

大阪版の「や」は、 「闇に鉄砲」です。 闇の中の、全く的が見えない中で、鉄砲を撃ったって当たりやしない。 「闇雲、当てずっぽう、無計画」なことを言います。 裏ブログで「闇夜に鉄砲」もやりましたね。 kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.jp この記事で…

「く」の思い出…

大阪版の「く」は、 「果報(くゎはう)は寝て待て」です。 一般的には、「いいことは自然にやってくるから、自然に待てば良い」って感じに捉えられています。 しかしながら、実は「果」は良い結果、「報」は悪い結果のことだそうです。 つまり、「結果はコ…

「お」の思い出…

大阪版の「お」は、 「陰陽師身の上知らず」です。 陰陽師は、人の吉兆を占う職業です。 しかし、自らの吉兆は、わかりません。 そこから、「他人のことはよく見えても、自分のことはわかりにくい」という芋になります。 確かに、他人のことは客観的に見えま…

「の」の思い出…

大阪版の「の」は、 「野良の節句働き」です。 意味としては、 「普段怠けているものが、お祭りなどの時に一人働くこと」で、非常に悪いという捉え方をしていたようです。 昔はお祭りなど、みんなが楽しむ時に、働くことは罪悪だったそうです。 今は、違いま…

「ゐ」の思い出…

大阪版の「ゐ」は、 「炒豆に花が咲く」です。 炒ってしまった豆に、普通は花など咲きません。 それが、咲いてしまった!! 「あり得ないことが、起きてしまった」ことを指します。 節分の豆に炒り前を使うのは、こんな言葉にあやかってるんだそうですよ。 …

「う」の思い出…

大阪版の「う」は、 「牛を馬にする」です。 「牛を馬に乗り換える」のほうが、わかりやすいかな? 遅い牛を捨てて、速い馬に乗り換えることを言います。 「自分に有利な方につく」って意味もあり、機を見るに敏、とも言えますし、日和見主義、ずる賢い、な…

「む」の思い出…

大阪版の「む」は、 「無芸大食」です。 ハイ、僕のことですね。 とりとめて特技などもないのに、食べることだけは人並み、ってことです。 確かに、芸と呼べるものは、ほぼ、ないですね。 歌も歌えないし。 押上文庫のお客さんだと、芸事などを披露してくれ…

「ら」の思い出…

大阪版の「ら」は、 「楽して楽知らず」です。 楽ばっかりしている人は、楽なのが当たり前になってしまい、楽であることの価値すら、わからなくなってしまう、ってな意味になります。 ちょっと、電話の話を。 今は固定電話を持たない家庭があるぐらい、携帯…

「な」の思い出…

大阪版の「な」は、 「習わぬ経は読めぬ」です。 そう、習ってもいない、練習してもいないことは、できるわけがないのです。 日々の練習が大切、ってことですね。 よく、若いフォロワーさんとの会話で、「固定電話」の話題になることがあります。 正直、「怖…

「ね」の思い出…

大阪版の「ね」は、 「寝耳に水」です。 不意の出来事、あるいは情報に驚くことを言います。 もともと、寝ているとき、耳は無防備な場所ですから、そこに水の音がする、後年は耳に水が入ると驚くことから、このことわざが成立したようです。 基本、いい意味…

「つ」の思い出…

大阪版の「つ」は、 「爪に火をともす」です。 ろうそく代わりに、自らの爪に灯をともして、夜を凌ぐたとえなんですが… 今は「爪に火をともして頑張って…」なんて言われ方をしますよね。 切り詰めて、我慢して、さらに頑張って… 良い意味、あるいは格言のよ…

「そ」の思い出…

大阪版の「そ」は、 「袖すり合うも他生の縁」です。 「他生」とは、平たくいえば“前世”のこと。 前世での出会いが、現世での出会いを生み、またそこでの因縁が、来世での出会いにつながると、仏教は考えます。 なので、「どんな小さな出会いでも大切に。そ…

「れ」の思い出…

大阪版の「れ」は、 「連木で腹切る」です。 連木とは「すりこぎ」のことで、とてもこれでは腹は切れません。 「不可能なことをしようとしている」ことのたとえです。 今は情報が簡単に取れますから、あんまり闇雲に不可能なことをすることは、少ないかも知…

「た」の思い出…

大阪版の「た」は、 「大食上戸の餅食らい」です。 これは、ストレートにとってよろしい。 「大食し、大酒も飲んで、その上さらに、餅まで食べる!!」てな大食らいを言います。 どっかに1人、いますよね!? 飲む! 呑む!! 酒呑みのつまみ… …と思いきや!…

「よ」の思い出…

大阪版の「よ」は、 「横槌で庭を掃く」です。 横槌というのは、丸太の片方を細く削って、持ちやすくした道具。 主に藁などを叩くのに使います。 「横鎚でなんか庭を履けないから、間違った道具の使い方をすること!」 って思った方! 僕を含めて、ジャンネ…

「か」の思い出…

大阪版の「か」は 「陰裏の豆もはじけ時」です。 日陰に植えた豆でも、いずれは成熟してはじけることから来てるんですが… “豆”を調べると、“女陰”のことだそうです。 そこからたとえて、「どんな女性でも必ず成熟するときが来る」という意味になるそうです。…

「わ」の思い出…

大阪版の「わ」は、 「若い時は二度ない」です。 若いときは二度とない。 だから、若い時を大切にせよ、という言葉です。 しかし、これに反論した方がいらっしゃいまして。 「老年だって、二度ない」と。 確かに、そうですね~ 僕も40代後半ですが、若いとき…

「を」の思い出…

大阪版の「を」は、 「鬼の女房に鬼神」です。 鬼のような男に奥さんを尋ねたら、「鬼神」だった!! 残忍な男の嫁になるには、それに相当するような女でなければ、釣り合わない。 「似たもの夫婦」ということです。 僕自身は夫婦になったことはないし、これ…

「る」の思い出…

大阪版の「る」は、 「類をもって集まる」です。 京版でも、これでしたね。 要は、「類は友を呼ぶ」。 「同じ性格の者たちが、自然と集まる」といった意味になります。 swarmも何年目でしょうか。 いろんなグループと、お付き合いさせていただいています。 …

「ぬ」の思い出…

大阪版の「ぬ」は、 「盗人の昼寝」です。 盗人が昼寝なんて、何か間抜けなようですが、盗人のメインは夜。 夜に働く?ために、昼間は寝ておいて、体力を回復させる必要があることから、 「一見意味がないように見えても、当人にとってはちゃんと意味がある…

「り」の思い出…

大阪版の「り」は、 「綸言汗の如し」です。 京版と同じで、裏ブログでも扱っています。 kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.jp 「綸言」とは、「中国の皇帝の言葉」で、それはそれは神聖なもの。 臣下はもちろん、発した皇帝自らも、迂闊に訂正することは出…