螺旋を描いて…

螺旋 のごとく続く毎日を綴ります

鍛冶町・「黄金餅」の思い出・12…

※ この記事は落語「黄金餅」からインスピレーションを得て作成しておりますが、内容は素人の散歩であり、地理、歴史及び落語の研究には主眼を置いておりませんので、ご了承願います。

 

鍛冶町。

鍛冶関係の人々が住んだそうです。

地区によって、刀、刃物や釘、鍋釜など、様々なものを扱っていたようです。

 

当時、この界隈の「神田」というのは地名と言うより、大きな括りの地域名で、他にも「塗師町」「竪大工町」「上(下)白壁町」など、それぞれゆかりのある人々が住んだ街だったそうです。

 

現、鍛冶町の真ん中にあるのが、神田駅です。

 

東口は歩を進めている大通り、今の中央通りに面する出入口です。
f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20170701231348j:image
 

西口はお城方面ですね。

大手町方面への出入口になります。
f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20170701231411j:image

 

南口は日本橋方面。

日本橋を渡ると、この旅も中盤かな?
f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20170701231443j:image

 

 北口の案内はちょっと写真では見にくいですが、靖国通り方面へ通じています。f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20170701231507j:image

 

ピンと来た方、いらっしゃる?

 

そう、JR神田駅は、「東西南北の出入口が、すべて揃う駅」なんですよ!

今も昔も、交通の要地に立地している所以ですね。

 

 

ところで、現在の鍛冶町は…

一丁目
f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20170701154808j:image

 

二丁目

前回の新石町ガードです。
f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20170724223135j:image


そして三丁目は…??

f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20170701123714j:image
 

そう、何故か三丁目は「神田鍛冶町三丁目」なんです。

 

実は千代田区は、住居表示を済ませた地区からは、“神田○○町”という“神田”の冠称を、外すことになっています。

つまり、鍛冶町一丁目と二丁目は住居表示実施済、神田鍛冶町三丁目は未実施、ってわけです。

 

調べたところ、神田鍛冶町三丁目は、住居表示実施の際、別の町名になることが取り沙汰されていたそうです。

二丁目までと違い、JR線の西側にあるためだそうで、実際、三丁目の一部は住居表示が実施され、内神田になっています。

 

「鍛冶町の地名を、名乗れなくなる??」

神田鍛冶町三丁目は、それ以上住居表示が進みませんでした。

 

住居表示によって、丁目、番地等が整理され、特に郵便が届きやすくなるなどの利点があります。

でもそれと引き換えに、愛着ある町名が削られたり変えられたり、隣と一緒にされたり。

住民感情を無視した措置が取られることも、あるんです。

 

多分、全国でも各地で、あるんじゃないかな?

結局、旧町名がそのまま、幅を利かせたり。

僕がいた松本でも、住居表示が実施されたものの、バス停などは旧町名のまま。

かえって旧町名を碑にして残したり、今でも旧町名が市民の中で生きています。

場所の説明も、旧町名で言った方が、場所のイメージが湧きましたしね。

  

 

そろそろ次へまいりましょうか。

 

次は「今川橋から…」kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.com

 

 

振り返って「新石町から…」

kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.com