大学3年生は、のびのび(しすぎた)年でした。
アルバイトも、宿所の浅間ハイツの以外は、多分やってなかったと思います。
その年の暮れ、前年にやった、郵便局での配達のアルバイトをやろうと、思い立って。
例によって連絡時は、
「やろうかな~ やるのよそうかな~」を、再現もなく繰り返したんですが、何かのタイミングで、電話してしまって…
アルバイトをしたい旨、伝えました。
この時は免許を持っていましたから、車かバイクで配達かな~なんて、思っていました。
ところが、電話は待たされてどっかに回されて、返ってきたのは意外な答えでした。
「配達ではなく、郵便課で仕事をして欲しい。
年末年始と言わず、長期で!」
!!
多分、相当動転したとは思います。
けど、「やります」と答えました。
このバイトが初めての、フルに近い長期のバイトでした。
仕事は、区分機の操作。
当時松本郵便局には、あて名や郵便番号を読み取る大型の区分機が、ちょうど入ったばかりでした。
職員さんは窓口や書留処理などに忙しいわけで、仕事のレベルとしては、アルバイトの仕事です。
でも、操作を専任にできそうな人材が、いなかったんです。
最初は見よう見まねででしたが、いろいろ指導を受けたり、だんだんコツを覚えて来たりして、効率よい処理ができるようになっていきました。
稼働率については、随分言われましたね。
なので、機械を止めている間に把捉紐を切って、並べておいて、多そうな口にはケースも用意して、なんてことをします。
郵便の優先順位による処理や、印刷物をより効率的に読み取る設定、詰まったりベルトが外れたりした時の対処など…。
いろいろ求められましたけど、多くは対応できたと思います。
時には、把捉紐を切るハサミで手を切っちゃったり、詰まったと思って見に行ったら、なんと「神社のお札!」をかけちゃってたり、なんて失敗もありましたけどね。
手区分もしましたよ。
当時、松本は48の配達区分があって。
やってくうちに、私書箱や大口なんかも覚えたり。
そのうち、区分する松本の町名に興味を持って、わざわざ訪れたり。
地名に興味を持ったのは、この頃かも知れません。
一方、局外への区分は郵便番号を読みますが、松本局が所属する「39地域」は、特に多くの郵便局があり、上3桁が「399」だけでも、399-01から399-96まで、枝番がびっしり!
さらに長野方面や、県外も加わるわけで。
大変だったけど、これもだんだん、覚えていきました。
朝は早かったし、夜は10時まで仕事で、翌日は早番なんてこともありましたから、きつい面もありましたけど、結構楽しく仕事できたし、いろんな経験もさせてもらいました。
失敗することもあったけど、失敗できる“場”が、そこにはあったのです。
人生、考えてるだけでは何にもならないことって、意外に多い。
でも、闇雲に動くわけにも行かない。
実際に動くには、それなりの“場”が必要なんです。
電話はもじもじしながらだったけど、その“場”を見つけられたことは、将来にわたって、大きなプラスになったと思います。
そしてこれが、そのまま就職先へ、つながっていくのです。
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