瀬崎町にあります。
富士浅間神社です。
「瀬崎浅間神社」でも通じるようです。
本堂の裏にはこんな遺構が。
貴重な彫刻が、残るそうです。
これは、神楽殿かな?
松本の浅間温泉を思い出すのは、僕だけでしょう。
実は境内の裏手は、かなり広いです。
子供たちが、野球やサッカーで遊んでるのを過ぎて、奥の方まで行くと…
富士塚です。
登ると、富士山登頂と同じ御利益が得られます。
※ 現在は登ることは出来ません
富士山なんて、そう誰もが行ける場所ではありませんし、そもそも江戸時代は女人禁制でした。
そのため、街中に富士山に見立てた塚を造って、そこに登れば富士山に登ったことになる、という「富士塚」は、多数存在します。
他国にも、こんな考え方、あるのかな?
日本人の合理主義的な側面なのかも、知れません。
こんな庭園もあります。
こぢんまりとした、落ち着く庭園です。
一角にはこんなものが。
力石です。
これはちゃんと、重さが刻んでありますね。
当時では西南の役の勇士・福田巳之助が、全て持ち上げたそうですよ。
こちらは、鎮魂碑。
西南の役から、幾多の戦争に散った霊を、慰めます。
戦後の軍事裁判で、「全員無罪」を主張した、パール判事の詩が刻まれているそうです。
トイレはありますが、「常に」施錠されています。
おしっこもれちゃう!?
(実は、ガマンしてました…)
さて、本殿付近に戻ってくると、こんな掲示が。
これ、「高低測量几号」と言います。
明治時代、高低を測量する際の基準を示した物で、「几号水準点」と言うそうです。
これが何故、神社の物にあるかというと…
神社は不朽のものとされたから。
神社なら壊されたり移動したりする可能性も低いし、所有者が変わることもない。
好都合だったわけです。
でも、さすがに100年以上も経ってしまい、その間に地震もあり、戦争もありなので、
すっかり朽ちて、見えなくなってしまいました。
「手洗い鉢」にあるというので、随分探したんですけどね…
これは境内社のもの。
違うよね…。
これではないよね!
結局わからずに、時間切れとなりました。
帰って、正解写真をネットで見ましたけど、それでもわからなかったなぁ…。
最初の大きな手洗い鉢の、側面左下にあるそうですが…。
謎ですね~
それでも、境内は広く、見どころも多い神社ですね。