周防国から、さらに西へ進みます。
領域は下関市のほか、山陽の方は宇部市、山陽小野田市、美祢市など、山陰の方は萩市、長門市などです。
山陰の萩市にはずいぶん前に行ってて。
当地の偉人・吉田松陰ゆかりの地は、外せないスポットです。
「松陰神社」
「明治維新胎動之地」
松の下にありますね。
松下村塾では、高杉審査、久坂玄瑞、伊藤博文など、多くの門下生が日本を動かしました。
こちらは、萩焼の窯。
萩焼は使い込むと、貫入という染み模様が入り、変化を楽しめると言います。
カルスト地形と言うのはみんな教わりますが、行ってみると茶色い荒野に、白い岩肌が顔をのぞかせますね。
秋芳洞はこの下ですが、当時のカメラでは写すことができず。
絵自体、10年も前のものです。
さて、長門国最大の下関には、こんなスポットが。
源平の合戦が終焉した、壇ノ浦の古戦場です。
いざ、勝負!!
こちらは、攘夷のために長州藩が設置した、砲台。
でも結局、長州は薩摩と組み、倒幕に進むこととなります。
さて、先ほど写っていた「関門橋」は、自動車専用道路。
残念ながら自力で渡ることはできないので、「関門トンネル人道」を使いました。
ここが、国境!
少し踏み出せば、九州です。
(構成上、ね)
実際には福岡側から来て、下関に抜けて、こちらの空港から帰りました。
全日空609A号機でした。
次は、58・豊前国です
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