※ この記事は落語「黄金餅」からインスピレーションを得て作成しておりますが、内容は素人の散歩であり、地理、歴史及び落語の研究には主眼を置いておりませんので、ご了承願います。
本銀町の次は、石町。
今の江戸通りに面した辺りまでになるようです。
このシリーズでも触れた「新石町」が出来たので、後のこの界隈は「本石町」と名乗ることになりました。
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ここには「金座」がありましてね。
貨幣を鋳造、検品等をしていたそうです。
その敷地は、今は…
日本銀行に、なっております。
普通銀行も多いですね。
山口銀行
“一六”銀行とすると、質屋になってしまいます…。
長野の八十二銀行
実は「82番目の銀行」じゃないんですよ。
上田の第十九銀行、松代の六十三銀行が合併したので、足して八十二、だそうです。
新日本橋駅がありますが…
ネーミング、困ったでしょうね。
石町でもありますし、現区割りだと、本町、室町。
かつ、「日本橋駅」は、既にある。
苦し紛れの「新日本橋駅」だったと思います。
近くにはこんなスポットも。
長崎屋はオランダ人カピタンの定宿であり、ここから将軍に謁見したそうです。
あと、石町と言えば、
時の鐘があり、町人に時を知らせていたそうです。
この「時の鐘通り」を、鐘を撞く役人、辻源七が行き来して、お役目を勤めたそうです。
鐘楼は移設されていて。
実は別の取材で思いがけず、撮影してた!
小伝馬町の十思公園に、復元されています。
「ひねもすのたり…」のこの人には、時は関係なかった!?
夜半亭は、多くの俳人が出入りした場所。
その中に、かの有名な「与謝蕪村」がいました。
のたり、のたりと脱線してばかりいないで…
そろそろ次へまいりましょうか。
次は「日本橋を渡りまして…」
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振り返って「本銀町へ出まして…」