螺旋を描いて…

螺旋 のごとく続く毎日を綴ります

大阪の野球場…

今日は日程を前倒したら、予定自体も早く済みまして。

幾つか予定外の所へ行けて、あるシリーズをコンプリートしました♪

 

「大阪の野球場跡地」です。

 

今はなき近鉄バファローズは、藤井寺球場が本拠地でした。

しかし、日生球場を思い浮かべる方も、おいででしょう。

 

実は藤井寺球場は、ナイター設備がない時代が長く、ナイターは日生球場を借りて実施していました。

もちろん、藤井寺球場にもナイター設備を付けたかったんですが、住民の反対運動で工事は頓挫。

ようやくゴーサインが出たものの、太鼓を含む鳴り物応援は一切禁止と、ちょっと特異な形を取らざるを得ませんでした。

 

1984年の藤井寺球場のナイター設備完成をもって、日生球場プロ野球球場としての役割は、ほぼ終わりを告げます。

その藤井寺球場も、1997年に大阪ドーム(現:京セラドーム)完成で、本拠地の座を譲ることになります。

 

日生球場は1997年限りで閉鎖。

その後はどうなっているかというと、最近になって、「もりのみやキューズモールBASE」という、商業施設になっています。

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「BASE」は、昔の野球場時代を想起させるもので、こんなスポットがあります。
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プレートとホームベース
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かつて、熱き試合が行われたんでしょう。

付近の歩道も、それを表しています。
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藤井寺球場の方は、2005年1月に閉鎖。

跡地はマンションや学校になっていました。

こんなモニュメントが、静かに残されていました。
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一方、南海ホークスの本拠地は、大阪難波大阪球場でした。

狭い球場ながら、3万人以上収容できたそうです。

その代わり、スタンドは角度が急で、観客が滑り落ちることもあったとか。

見る方も大変だったようです。

 

ホークスが九州へ行ったのをきっかけに、1990年で閉鎖。

跡地は住宅展示場になるなど、異例の転身を遂げましたが、今は「なんばパークス」になっています。

ここも、メモリアルモニュメントが残されていまして。


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大阪球場のロゴ、懐かしいですね♪

今日はウォーキングのチェックポイントになってたらしく、写真を撮る人が何人もいましたね~

 

こうやってみると、どこの球場も問題を抱えながらも、精一杯ファンに野球を提供してきたんですね。

今の施設にも野球の足跡を残してるあたりに、それを感じます。

 

どこかで書きましたけど、大阪のファンは、大変熱いです。

きっとそれは、これらの球場で、培われたんでしょうね。

 

ちなみに、阪急ブレーブス西宮球場は、兵庫県です。

こちらも今度、行ってみることにしましょう。

最高のイベント…

(敬称略)

ヤフオク!ドームです♪

ファンですもの、年に一度は来たい場所です。
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平日でも3万人を集める球場ですが、今日も人でいっぱい!

開場前なのに!!

 

でも、プレイベントがあったり、グッズを買ったりして、思い思いに楽しむわけです。

 

遠方の僕は、グッズ売り場へ!

ホークスグッズの種類は凄まじく!

よくもまあネタが尽きないものです。

 

こんな物も。

「絶好球!~Homerun Ball~」
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もちろん、「甘い球」ですよ♪

 

こんな五択も♪
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席はここだけど…
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実は、通路から遠い席。

こういうときは、出入りも面倒だし、売り子さんから買うのも難しいので、さっさとロビーで買い物、飲み物は飲んじゃって!

 

サファテセット!

肉190g!!
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あと、おつまみセット。

さすがはどちらも、いい味してる!

サファテセットも飽きることなく、食べきりました♪

 

福ちゃんが出てくると、追うなぁ~♪

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試合は150km/h超の速球の千賀と、100km/hの遅球の辛島の対決。

今日は辛島のスローカーブがよく決まって、ホークスバッターは空振りの山!

ストレートは130km/h行かないのに、手こずりました。

 

ランナーも牽制死が2回。

上手いのかな?

 

それでも、少ないチャンスで2点を取り、無死満塁を1点にしのいで、8回に今宮の犠牲フライ!

この3点目が、効きました。

満員御礼のファンの前で、負けるわけにはいかない!


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360度、黄色!

ものすごい!!

 

終盤、福ちゃんがライトへ
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もちろん、最後はサファテ!
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ランナーは出したものの、2点差はサファテにとってもファンにとっても、安全圏!
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我らがサファテ!我らがホークスです!

 

この後、白風船を飛ばし
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ヒーローインタビュー
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花火に!
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 ルーフオープン!
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お決まりのセレモニーです。

もちろん、僕みたいに、たまにしか来れないファンは、これを楽しみに来るわけです。

でも、多くの入場者は福岡に住む、リピーターです。

その彼らをも満足させ、何度も球場に足を運ばせる理由。

 

いくつもあるでしょうが…

5回終了後のグランド整備中に、こんなことがありました。

 

整備中はダンサーが踊って、ハリーがバック転を披露します。

他チームでもいくらでもあるって、思うでしょ?

 

でも実は、ファン用の踊りの振り付けがあって、スクリーン使ってファンにもさせる!

 

叩いて叩いて、回して回して、叫んで!

しかも、ビール売りのお姉ちゃんたちまで、率先してみんなを鼓舞!

最高潮でハリー登場!バック転でさらに盛り上がる!

 

そう、“みんなで盛り上げよう!”なんです。

だから、観客は試合を見にくるだけじゃない。

イベントに、参加しに来るのです。

 

そう言えば、「鷹の祭典」でも、旗を振らせたりメガホンを叩かせたり。

積極的に観客を動かしてましたね。

イベントに、「参加させる」ために。

 

これほど楽しいことは、ないんじゃないかな?

試合が見れて、飲み食いできて、写真も撮れて、その上、自らもイベントに参加出来る。

ここまでできるイベントって、他にあるだろうか?

 

福岡の人は、恵まれてるな~♪

僕もまた、“参加しに”来ますよ!

 

焦げ茶色の思い出…

焦げ茶色。

焦げたような、黒みがかった茶色です。

 

コーヒーなんかが、典型かな?
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これはこの前の「赤福」♪
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チョコレートも、ここまで黒けりゃ!
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おっと、「お茶がない!?」

そう言えば、茶色の由来は「茶色の思い出…」でも触れませんでしたが…

kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.com

 

写真がなくて恐縮ですが、実はお茶には「実」がなりまして。

ホント典型的な、茶色をしているそうです。

昔はこれで油を取ったそうですが、これをあぶって焦がすと、この色になるんでしょうね。

 

猫の毛色としても、おなじみですね♪ 

 

シャム猫のように一部だったり、この猫みたいに全身だったり。
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獣にとって、相手から目立たないのは何かと
有利ですよね。

 

この時期はちょっと、暑いかな?

雲…

今週のお題はてなブログ フォトコンテスト 2017夏」

 

まもなく終わりを告げる、今年の夏。

暑い日もあったけど、こうやって雲に覆われてる日が多かったなぁ…
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丸墓山古墳 埼玉古墳群 埼玉県行田市 8/27撮影

草加IC・「我が街・草加」の思い出・5…

草加市内を走る、国道4号線にある表示です。
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新善町交差点。

南関東を環状に走る、国道298号線と、東京外かく環状自動車道(外環道)が交わる、大きな交差点です。

渋滞情報にも、登場することがありますね。


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南下ですから、左側、東側に曲がると、三郷JCTから常磐道首都高速6号三郷線に行けます。

一方右側(西側)は、川口JCT東北道首都高速S1号川口線、美女木JCT首都高速S5号埼玉大宮線と同5号池袋線、そして終点の大泉JCTで関越道に接続します。

 

ウチとしては、この「関越道に乗れる」というのが、すごく大きかったのです。

なぜなら、父の実家が沿線にあるから。

 

両親は1970年代、草加に家を建てたものの、1年で転勤が決まり、ほとんど人に貸していました。

 

この間に、外環道の埼玉区間が、ほぼ全通。

草加にもICが出来ました。

 

最初に住んでた頃は、車なんか持ってなかったけど、その後の鹿児島・長崎で車を覚え、父の実家・新潟へ、車で行くことが出来るように。

 

草加に帰ってきたのは、20年ぶり以上。

家は貸家続きで、荒れ果てていた。

終の棲家を求めて、あちこちを探したそうです。

ですが、やっぱり、

「関越で実家に帰れる」

と言う理由で、同じ土地に家を建て直すことを決めたのでした。

 

関越側への入口。


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こちらは、出口。
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反対の三郷方面も、出入ともに可能です。

片方だけのICが多い中、国道4号線との接点ともあってか、両方向の出入口が用意されたようです。

 

三郷方面は、次は終点。

以降はどこに行っても、別料金です。

でも、外環道は延伸工事が進んでいて、松戸付近を通って、湾岸道路に接続する予定!

千葉方面に行きやすくなるのです。

 

千葉と言えば、ゴルフ場!

またしても、父が恩恵にあずかるかも知れませんね♪

岩代国の思い出…

下野国から北上すると、岩州、岩代国です。

このルートの進入手段としては、野岩鉄道がありますね。

“やがん”と読みます。

野州と、岩州です。

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撮ったのは川治温泉ですから、まだ下野国ですけどね。

この電車が、南会津町会津田島駅までまいります。

 

岩代国は、福島県会津と、中通りの一部になります。

福島市郡山市(一部)、会津若松市喜多方市二本松市といったところでしょうか。

 

先ほどの野岩鉄道は、会津高原尾瀬口から会津鉄道に直通します。

その沿線にあるのが、会津、大内宿。

半農半宿の、宿場だったそうです。

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こんなジャンボなせんべいを撮ってますが…、

ここの名物は、「高遠そば」

信濃・高遠から持ち込んだという、ネギの辛味を利かせた、日本そばです。

ねぎを箸代わりにするお店も、あるそうですよ。

 

 

福島周辺には、良質な温泉がたくさんがあります。

例によって、浴槽を撮るわけにはいきませんので…

 

高湯温泉「玉子湯」

美しい乳白色の温泉です♪

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つららが、垂れ下がっていました。

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同じく行った飯坂温泉は…、

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写真を載せるのもはばかられるような、廃墟が多かった…。

廃業後、取り壊しもままならず、放置された旅館が多かったようです。

今は取り壊され、更地になったところが増えたといいます。

老舗の温泉は再生に向けて、動き出しているようです。

 

こんな施設は、ありましたよ。

手湯

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この旅行で食べた「丸信ラーメン」は、丼を覆わんばかりのチャーシューとねぎ!

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意外と、あっさりいけちゃいます♪

 

同じく高湯温泉「花月ハイランドホテル」

行った日は、霧に包まれていました。

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こちらも乳白色!

温泉に来たことを実感できる温泉です♪

 

さらに乳白色!

「野地温泉ホテル」

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いくつもある浴槽に、白いお湯が満たされます。

 

ブナの森での散策も楽しい!

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2008年に行ったこの旅では、翌日、SLに乗って新潟へ!

「ばんえつ物語号」です。

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西会津町野沢駅では、機関車整備で長時間停車します。

営業キロ126.2km、運転時間3時間41分(現在)。

今残るSLの中では、長距離列車なのです。

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イケメン車掌、大人気!!

ムネ(川崎宗則)に似てる!?

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別ルートで入ったことも。

磐梯山

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この時の目的は、これ!

喜多方ラーメンの元祖・源来軒

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喜多方ラーメンを再認識する、味でしたよ♪

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次は25・紀伊国です

kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.com

 

前の国は、こちら

23・志摩国

kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.com

浮き城の街・行田…

昨日行ってきた、行田市の続きです。

 

行田市の中心には、「忍城」という城があります。

あっ、読みは「おしじょう」ですよ!

 

成田氏の居城であり、北条氏の小田原城の支城でもある、大変重要な城でありました。

周囲を利根川と荒川に囲まれ、湿地帯が広がる中に位置する城で、関東七名城の一つに数えられる、難攻不落の名城だったそうです。
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この城の名がとどろいたのは、1590年(天正18年)、忍城の戦いでした。

豊臣秀吉小田原城を攻めた時、石田三成を大将とする軍を仕立てて、この支城・忍城の攻略を企みました。

兵力は2万、最終的には5万とも言われ、一方の成田軍は2千程度。

秀吉は光成に、「水攻めで攻めよ」と命じます。

 

三成はそれに従い、巨大な堤を築いて、城を水攻めにします。

今でも、「石田堤」なるものが残るそうです。

ところが、本丸は沈まず。

「まるで浮き城のようだ」と恐れられます。

しかもそのあと、成田軍により堤防が壊され、溜まった水が逆に豊臣軍を襲う!

さらには水が抜けた天守の周りは、泥だらけで馬も進めない。

とても攻めるどころではなくなってしまいました。

 

結局、小田原城が開城して、北条氏が滅亡してしまったので、約1ヶ月で忍城も開城することになるんですが、それでも10倍もの軍勢を耐え抜いた、天晴れな籠城でありました。

 

「落ちない城」として、受験のお守りも売られていました。
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姪っ子にどうかな?とね。

 

逆に、城を落とせなかった三成は、「戦下手」のレッテルを貼られる屈辱を味わうんですが、これには異論もあり、秀吉が自らの動員力、つまり「力」を周囲に見せつけるために、あえて大掛かりな水攻めにこだわった、という説もあります。

三成は兵力に物を言わせて、一気に攻め滅ぼしたかったらしい!?

となると、三成は中間管理職の悲哀を味わった、と言えなくもないですね。

 

その城は、マンホールにもなっています。
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これはオマケ。

今は珍しくなった「電電公社」のマンホール♪
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他にも行田には、いろいろ風物がありまして。

「埼玉県」の県名発祥の地とされています。
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この碑があるあたりの地名は、「埼玉」。

読みは「さきたま」ですが。

当時あった「埼玉郡」が広かったので、現・埼玉県の東側は「埼玉県」となりました。

後に「入間県」と合併して、現在の埼玉県になるんですが、旧・埼玉県の県庁は、実は岩槻にありまして。

岩槻にもお城がありますね。

ただ、行田には地名もあるし、もっと古い「古墳群」があるではないか!

というわけで、ここに碑を建てたそうです。

 

これは…
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足袋蔵です。

そう、行田は「足袋の街」でもあるのです。

 

江戸中期、藩主阿部忠喬が、江戸から伝来してきた足袋の製造を奨励したため、足袋の街として発展しました。

 

こんな創作足袋屋さんがありまして。f:id:kiha-gojusan-hyakusan:20170829000258j:image
 

父が選んだ足袋。
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予想よりもサイズが大きかったようで、履いてみて正解、だったそうですよ。


僕ですか?
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まだ、これで十分です…

 

そば屋の蕎麦は売り切れだったけど、こんな名物をいただきました。
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ゼリーフライ

コロッケのような食べ物ですが、衣におからを使うのが特長だそうです。

その形から「銭フライ」と呼ばれていたのが、いつの間にか「ゼリーフライ」になったそうです。

ソースが最初からかかっていて、なかなかの味でしたよ♪

 

ちなみに市内で「フライ」というと、別の食べ物になるそうです。

お好み焼きか、チヂミのような食べ物だそうですよ。

 

一転、こちらは辛いヤツ!

山本の奈良漬にて。


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しそ巻き唐がらしは、相当辛いらしい!

刻んで具材やつまみにします。

 

そう言えば、絵に描かれてる「古代蓮」も、行田の名物。

今回は既に花は終わっていたんですけど、また行く機会があれば、見てみたいですね。

 

唐がらしでピリッと締めて、今回の旅を終えることにしました。