日向国から、西か、南へ。
一番の隅っこの隅州、大隅国です。
鹿児島県の東側ですが、鹿屋や肝属、佐多岬などを含むほか、僕がいた姶良町(現:姶良市)も、大隅国の領域になります。
韓国岳は、鹿児島県霧島市、そして宮崎県えびの市、小林市にまたがる、標高1700mの山です。
家族でも車で来たり、登ったりもしましたが、実は高校2年の時、霧島縦走という形で、この山を登っています。
高校1年は、県民の森で、教育キャンプ。
高校2年は、この霧島縦走。
高校3年は、高千穂峰登山。
…修学旅行が、ないのです。。。
ちなみに、ブログ名の「韓隅錦矢」の“韓”は、山野線経由の急行「からくに」(出水ー宮崎)ですから、車窓から韓国岳が見えたんでしょうね。
さて、ずっとやってきた、肥薩線の旅は、吉松駅から大隅国に入ります。
こちらは、大隅横川駅。
渋い駅舎ですね。
さらに人気があるのが、嘉例川(かれいがわ)駅。
ともに、1903年の開業です。
もともとは、妙見温泉への玄関口だったそうで。
そう言えば、僕らが鹿児島で、最初の宿にしたのは、今の「妙見石原荘」でしたね。
今は数万する高級宿ですが、当時は普通に泊まれるレベルでしたよ。
そこの社長が、こんな10年日記を出版してまして。
父が、愛用しております。
鹿児島神宮で有名なのは、「初午祭」の「鈴懸馬」
実は、馬に酒を飲ませて酔わせ、踊らせます。
お馬さんも、楽じゃないです…。
と言うのも、元々この路線は、鹿児島本線だから。
現在の鹿児島本線(+肥薩おれんじ鉄道)、つまり海側の出水、川内周りの路線が、「肥薩線」として、後から建設されました。
で、全線開通した時に、鹿児島本線と肥薩線の名称を、交換したんですね。
最寄りだった、帖佐駅。
姶良市の代表駅です。
今は、特急も止まります。
長距離の特急が止まるのは、加治木駅ですが。
噴火で、海が埋まってしまいまして。
大隅“半島”の中心なら、鹿屋市です。
鹿屋体育大学など、有名ですね。
鉄道は、かつてはありました。
大隅線鹿屋駅。
こんなディーゼルカーが走っていました。
キハ20形って言います。
僕らのいた姶良町にも似たようなのがいましたが、姶良町を走るのはキハ52形って言って、肥薩線などの山岳路線を走るために、エンジンを2基搭載していました。
鹿屋には、航空基地もあります。
実は、海上自衛隊の基地でして。
対潜防御のP-3Cがいることでも有名です。
これは、その前任機だった、P-2J。
「ネプチューン」って愛称が、付けられていました。
大隅半島を先まで行くと、こちら。
ちょっと、写真が乱れてますが…
佐多岬。
本土と言われる括りでは、最南端になります。
確かここは旅行できたのに、部活の同級生にバッタリ!
お互いびっくりした記憶があります。
さて、実は熊毛郡の種子島・屋久島も、大隅国の範疇になります。
こちらは、種子島宇宙センター。
多くのロケットと衛星を打ち上げた実績があります。
天気予報やGPSなど、生活には欠かせないデータを提供していますね。
こちらは、熊野海岸。
きれいな海ですね~♪
こんな、海食洞もありますよ。
一方、屋久島では、猿かな?
人を恐れず、悠々と生活していましたよ。
僕は鹿児島に住んでいましたが、鹿児島市内はともかくとして、結構大隅の方が、縁があるんですよね。
Twitterで「おおすみねずみ」なんて名前を名乗っていたこともありましたし。
確かに、本土の一番隅っこになります。
でも、ここに縁が出来たから、ひいては全国に足跡を残せたのかな?なんて、思います。
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