今でこそ、パソコンはほぼ共通で、ソフト・周辺機器・サービスを使えます。
Windows系とApple系は、OS(Operation System)が異なるので、ソフトは別ですが、両方に対応する「ハイブリッド版」が、ある場合もあります。
サービス、主にクラウドサービスの場合は、OSには関係なくなり、パソコン側に、サービス結果を表現出来るスペックがあれば、動作します。
でも、20世紀は随分様子が違っていて。
各メーカーが独自のCPU(Central Processing Unit)を開発し、独自に命令を処理するパソコンを、発売していました。
なので、ソフトはメーカー別。
例えば同じソフトでも、PC8001版、FM-7版、X1版などが存在しました。
ソフトメーカーは、各版毎のプログラム作成には、大変手間がかかり、機種により、「この部分は再現できないよね…」ということも、あったようです。
それを逆手にとって、各版でストーリーやシステムなどをいじり、バリエーションを持たせたゲームもありました。
ユーザーが少ない機種だと、その機種版は作られなかったり。
そもそも、ソフトの開発自体が乏しかった、哀しい機種もありました。
当時はパソコン雑誌に、自作のプログラムを投稿するコーナーがありましたが、他機種版のプログラムを自分の機種で再現する、「移植版」というジャンルが存在しました。
ゲーム自体には目新しさはなくても、2機種のプログラムを理解し、出来ない部分は独自に再現する必要がありますから、技術は身についたと思いますよ。
当時としては、ソフトメーカーにも認められ得る、立派な技術だったと思います。
そんな状況で登場したのが、MSX(MicroSoft eX)。
メーカー間での仕様を統一して、「MSX版」であれば、他のメーカーのソフトも使えるようにしました。
東芝、富士通、ソニー、パナソニックなどの、メーカーの垣根が取っ払われたのです。
実は周辺機器も、他メーカーのものが使えたので、当時としては非常に画期的でした。
独自機種だと、機器間でのやり取りも、独自のプロトコルですから、他のメーカーはそれがわからず、周辺機器の開発は極めて困難でした。
多分、MSXの頃から、「サードパーティー」という考え方が、出てきたんじゃないでしょうか?
MSXなら、可能でしたから。
しかし残念ながら、この時は「MSX全体で1メーカー分のシェア」でしかなく、全体の統一にはなりませんでした。
やっぱり、当時最強のNEC(Nippon Electric Company, Limited)が参加しなかったことは、大きかったでしょうね。
また、新版の仕様の決定には、各社の合意が必要だったでしょうし、各社とも独自機も出しながらの開発でしたから、新版の開発には非常に時間がかかりました。
「MSX2」になるまで、何年もかかりましたし、その頃には、MSXの旬は薄れていました。
「ゲーム専用機ならファミコン(任天堂)」の時代になり、8ビット機から16ビット機が主流になるなど、ゲーム、プログラムとも、スペックで水を空けられると、それ以上の発展は、難しかったと思います。
今でそ、ソフトも周辺機器も、ほぼ共通な時代ではありますが、40年も前に、それを目指した時代があったんですよ。
「MSX」としては、志半ばではありましたけど、規格の統一は、作る側にも使う側にも、大きなメリットがあることを、世に示したのではないか?
今のIT時代(Information Technology)の奥底では、MSXの炎が、今だ燃えているんだと思いますよ。
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