新潟市で発見した、橋!
正確には、跡ですね。
浦安橋。
友達と一緒だったんで、詳しいことまではわかりませんでしたが、車の影には当時の欄干が、残っていたそうです。
位置は、新津屋小路という道路にあります。
この先が、「人情通り」という商店街になっています。
かつては堀も、走っていたそうですよ。
海辺でもありますから、今でも「水の都」と呼ばれています。
でも、戦前戦後と、新潟市の拡張を受けて、堀はどんどん埋め立てられて。
その当時の橋を残す、唯一の遺構だそうです。
もう写真にはありませんが、かつては「人情横丁」という表記もあったそうで。
商店会の結束は固かったそうで、祭りなどでも活躍したそうです。
戦後、各所の堀を整理した時に、各商店がこの辺りに移住して、店を開いて。
商店街に発展して、活気があったそうですよ。
あ、飲み屋じゃなく、野菜や穀類などの、生鮮食品が中心で。
付近の農家のおばちゃんたちが売りに来る、新潟の台所だったそうです。
これも、昭和の遺構かな?
ある意味今よりも、激動の時代でした。
そんな中を、必死に生き抜いた新潟市民の、遺構だと思います。
次の場所は、こちら
kiha-gojusan-hyakusan.hatenablog.com
前の場所は、こちら