今週のお題「思い出の先生」
中学生の時の話です。
2年生の時の遠足は、バスではなく…
列車旅でした。
4両編成の列車を、最寄り駅・帖佐駅の側線に仕立ててね!
貸切列車の旅です♪
日豊本線で都城へ行き、志布志線で志布志、あとは大隅線で国分へ帰ってきて、帖佐、という行程でした。
志布志線、大隅線とも、今は廃線になっていて、走破はこの時が最初で最後だったと思います。
確か、天気は曇りで、景色も真っ白ではないにしろ、それほどよくなかったと思います。
降りた所もあったと思いますが、覚えていません。
それでも、この旅がすごく楽しい思い出になったのは、バスと列車の違いにありました。
バスの場合、生徒は自席に座って、せいぜいガイドさんの話を聞くぐらい。
通路側だと、車窓もよく見えませんから、つまらなくなって、寝ちゃう子もいました。
車酔いする子も、いましたね。
でも、鉄道はもちろん、席移動自由!
席に座っている必要も、ありません。
なので、隣の車両の友達に会いに行って、お喋りに花を咲かせたっていいし、ドアの所で、ずっと車窓を眺めたっていい。
圧倒的に、「自由」なんです♪
みんな、ワイワイやってましたよ♪
僕も楽しかったけど、みんなも明らかに楽しそうでしたね♪
学校でいろんな所へ行きましたが、こんなに弾けられた旅は、なかなかないです♪
さらに3年の修学旅行は、九州の定番・長崎ですが、この時も貸切列車!
吉松から八代・熊本と進み、さらに三角線で三角まで行って、ここからフェリーで島原へ、というルートでした。
今回は山線で、素晴らしい車窓の区間!
大畑ループというハイライトや、球磨川沿いの路線もあります。
最後には船に乗れる!と、乗り物好きにはたまらない旅でした♪
この後、島原からはバスでしたが、この前半部分しか、印象に残っていません。
どちらも、生徒の評判は非常によく!
その後、クラスでの話題にも、随分上がりましたよ♪
修学旅行では、その後はバスに「拘束された」旅でしたから、余計好印象でしたね。
鉄道とは縁遠い女の子も、好意的に話していましたよ♪
どちらも、鉄道好きを満足させるような旅でしたが、車両は中学生が好きそうな、特急車両ではなく。
キハ58系という、古い気動車でした。
路線的に、気動車でないと走れない区間ではあるんですが、帖佐駅は電化の日豊本線とは言え、非電化路線に直通する気動車が、結構設定されていて。
キハ58系も、快速列車など、普通に乗ることができる車両でした。
「そんな日常の車両でも、これだけ楽しい旅ができるんだよ!」って旅で。
僕にとっては、その後の鉄道趣味を、大きく広げた旅でもあったんですよ。
実は、仕掛け人がいて。
当時、この学年で担任を持っていた、社会の先生が、鉄道好きだったんです。
当時の国鉄、鹿児島鉄道管理局かな?に話をして、実現したんでしょうね。
恐らく、この先生がいなかったら、普通にバス旅だったでしょう。
社会の先生って、個性的で面白い先生が多くて。
この先生も、面白くて親しみのある先生でしたね。
テスト前に、「寄り合って勉強しろ」なんて言って、「寄合」をテストに出したりね。
見抜いた人がいなくて、残念がっていましたが…。
この先生、僕の1年の担任でもありました。
この年は、僕が転校で入った年で。
2学期からの転校でしたが、すぐのテストでの社会の成績は、33点と非常に悪く。
でも、理由がありましてね。
問題は、帖佐や姶良地区の、郷土の問題が大半を占めていて。
よそ者の僕には、わかるわけがない問題が、多数でした。
多分、1学期は郷土の学習が多かったんでしょう。
そんな僕を、気遣ってか…
「33点」という文字は、非常に小さい文字で、書かれていました。
配慮に気づいたのは、母でしたが…
ちょっと温かさを感じたのを、今でも覚えています…。